パウロの信仰と私の決意
かつて、熱心なユダヤ教徒であったパウロは、イエス・キリストを信じる者たちを迫害していました。
しかし、彼はイエス様の霊に出会ったその瞬間、心から悔い改め、誰よりも熱心に伝道する者へと変えられました。
自らの命さえ惜しまず、迫害や死の恐怖をも恐れずに福音を伝え続けたパウロ。
彼をここまで突き動かしたものは一体何だったのでしょうか。
今の私には、その真意を完全に理解できているとは言えません。
けれども、今回サタンから激しい攻撃を受けた時、私は心に誓いました。
――どんな艱難にあっても、神への愛だけは決して失わない、と。
その時、ほんの少しだけ、パウロの心に触れられたような気がしたのです。
これから、今までにない艱難が義人だけでなく、多くの人々に訪れるかもしれません。
その艱難の嵐を乗り越えるためには、私がそうであったように、
RAPTさんが伝えられる御言葉が必要不可欠なのだと思います。
私もパウロのように、どんな艱難の中でも神への愛を守り抜き、
御言葉を力として歩んでいきたいと願っています。
荒れた道を行く旅人
かつては迫害の剣をふるい
信じる者を縛り上げ
自らの義に酔いしれていた
だがダマスコの光が
彼の目を開いたとき
主の声が心を撃ち抜いた
「なぜわたしを迫害するのか」
パウロよ その傷も
パウロよ その涙も
すべては主が選びししるし
命捧げし真実の証
牢獄にも打たれても
船は荒波にのまれても
彼は語る ただキリストを
十字架こそ 誇りだと
律法の鎖を断ち切り
恵みの自由を生き抜いた
誰よりも小さき者として
神の大いなる愛を説いた
パウロよ その叫び
パウロよ その賛美
死さえも恐れず歩む道
それはともし火を掲げる道
誰のために生きるのか
何のために死ぬのか
彼は知っていた 主のために
すべてを失っても惜しくはない
パウロよ その祈り
パウロよ その証し
僕も続くよ その背中を
信仰という剣を手にして

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